あるきっかけで、2000年から日本と東南アジアの往復が始まり、地元の人々の自立を応援することに…。NPOの協力を得ながら、ミャンマー人と生活を共にし、互いの得意技&共通点を発見しつつ、無くさないで欲しい現地の人々の心意気と生活文化、あつ~い東南アジアの様子をつづる手作り記。話題が一国だけで留まなくなってきたためリニューアルしました。
ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

ロックミシンのご提供

ブログをご覧頂いている方より、家で眠っているロックミシンがあるけれど役立てられないか、とのご連絡を頂きました。

ブログはもちろん、ミャンマーのことや、アジアの事、不便な環境での手作り等に関心があり、ご縁ある方に情報提供できれば、と思い書いていますが、どこの者とも正体を明かさぬままのブログ主に御心ある御申出を頂き、本当に嬉しい限りです。

何度かやり取りをさせて頂いた後、8月にミャンマーにいた時に、発送をして下さったとのこと。私がちょうど足踏みミシンを1台買い足した頃でした。早速みんなにも伝えて、喜びを共有させて頂きました。発送して頂いたのは、ご縁ある広島県の里山にある活動拠点で、実際に頂いたロックミシンがアジアで活躍するのはいつの日のことか分かりませんが、なんとか今年中にカンボジアまで持参したいと考えています。

ロックミシンを送ってくださったY様!ありがとうございました。♪


ミャンマーを訪れた時に滞在する拠点には、ミシンが1台あります。他のミシンは全て、縫製チームのメンバーが自宅で内職ができるようにそれぞれの家に持ち帰らせています。新しい作品の見本を作ったり、縫製の指導を行う時、または急いで何か作る必要がある時のために置いている『電動ミシン!』です!

・・・が、動きませ~ん。このところニュースをにぎわしているミャンマーの経済発展は、きっと他の国の話にちがいない、と思うようにしております。停電、は、ありますよ。そりゃあ、カンボジアだって、スリランカだってあります。日本だって東京にいた時、計画ですけれど停電ありますもん。

しかし、電気はあれど、この電気の安定のなさは、どうしましょう。時に電灯がチカチカして、電球がないのかしら、と思いきや、全館の全電球が同じように、強くなったり弱くなったりをチカチカ繰り返すんですね。ミャンマー人は「ミャンマーのカラオケ屋です!」と言って笑ってますけれど。こんな薄暗い白い蛍光灯がチカチカするようなのがカラオケなの?と聞くと、「行ったことありませんけど」…。笑

あっそう、イメージね、イメージ。
そしてそのカラオケ屋さんのような電気の下、ミシンを踏んでも、ブゥウ~~~~ンと鈍い音をたてるだけで、一向に針が進みません。急いで今作らなきゃいけないのに~、もうすぐ出発だー!こうなりゃ仕方ない、電動の手動です。私は縫い係、一人が手伝ってミシンのはずみ車(ミシンの右についている針を送る時くるくる回すところ)を手で回しながら縫い上げたのでした。

んなもん!手で縫った方が早いじゃんか!と愚痴りたくなるところをおさえて、「これではすぐに作業できないから困るわねー。足踏みがやっぱりいいわよね~」と、心の中ではムキになって、ミシン屋に出発。・・・ところが、このところの車両増加でヤンゴンの道路はどうにもならない混雑ぶり。拠点から1時間かからなかったヤンゴンも、今では2時間以上かかります。陸橋ができたりしてますが、何の助けにもならないほどの混雑。町の中も人で混雑。卸屋さん街を抜けるのに、それまで5分とかからなかったのに30分もかかる。

おなじみのミシン屋さんも大盛況で人がいっぱいで中に入るのも汗だくです。やっとの思いでクラッシックスタイルの「Singerの足踏み!」をゲット。電動を足踏みに改造とか、足踏みにモーター付けてみた、といった改造版ではなく、元祖足踏み!です。台付で5年前は4~5000円で買えていたものが3倍以上の値段。戻った時は外はまっくら、薄暗いカラオケ電灯の下、パタパタと足踏みミシンを踏み、急ぎのサンプルを仕上げることができました。

これで次に戻ってくる数か月先まで、みんなの仕事ができる。頂いたロックミシンは、ひとまずカンボジアで活用させて頂いて、いつの日か、ミャンマーにもってきてダダダダーッと縫ってみたいものです。

※この様子は、あくまでも拠点内のできごとで、ミャンマー全域ではありません。立派に縫製工場を稼働させているところは沢山あると思います♪



カンボジア限定?シャンコットンNewアイテム


カンボジアにも行き来を始めてかれこれ12年ぐらいになるかしら。。。
まだまだストリートチルドレンも道にあふれていたプノンペンに
早々とオープンしていたのが、スーパーマーケット「ラッキー」です。

当初こそ、地元のレストランやら、孤児院の食堂にお世話になって
おりましたが、アパート式の施設に滞在するようになってからは
このラッキーにどれだけお世話になったことか。

今では、バイヨンマーケットとか、色々スーパーも現れて
ラッキーではほんの少ししかなかった日本食品類も
プノンペンではいろいろと手に入るようになったようです。

ラッキー等で売られているものは、さほど質がよいとも
思えない上に種類が限られていて、日本で買うより高い。
それでも以前は、しゃーないなぁーと、毎回来るたびに
空港からまず立ち寄るのはラッキーマーケットへ、という
パターンでござました。

…が、センターができて生活するようになってからは、
スーパーで買うものは限られており、通常は地元の市場で購入。
ラッキーともあまりご縁もなくなってきて、
しばらく足を運んでませーん。

そんな折、ラッキーマーケットのテナントに店を出す、という
日本人の方から、ミャンマー縫製プロジェクトのアイテムを
出品しないかとお声掛けを頂いたとか♪

いぇ~い!、「あの!ラッキーに!!置いてもらえるっ!」
今となっては、「あの!」ラッキ~に、です。(とほほ)

しかも、リクエストは「ミャンマーの」手作り品で
ミャンマーを応援するプロジェクトのものを。。。と、
何とも嬉しい・・・というか、ほんとはここはカンボジアなので
少々変わった我々に、変わったご依頼ですけれど。

いやいや、どんな場所であれ、置いて下さるということは
有難いこと。しっかり対応させて頂くべく、
縫製チームとハギレを並べては、ああでもない、こうでもない、と
思案を繰り返して、シャンコットンの残り布でできる小物を
作ってみました~


シャンプーハットの活用法


縫製プロジェクトと平行して、ミャンマーのヤンゴン郊外の小さな町や村で行ってきた活動に、「マーケット」があります。孤児院や物資が不足している村などに配布するためにNPOが全国から募集している支援物資に、「これは食うに食えない状況の人たちには必要ないでしょう」という物品が時々まぎれて届きます。それが積もり積もって倉庫の棚を占拠し始めたころ考案したのがこのマーケット活動です。

例えば、アクセサリーや下着、キャラクター文具や小物類、贈答品やアメニティーの類でも、豪華(?)セットや化粧品など。それに加えて数が配布世帯分に満たない必需品や、粗末すぎる状態のものなどもありました。

スタッフの家の前で店開きし、格安で贅沢品が買えるマーケットとしてスタートしたところ、なかなか好評で、縫製に使う部品や生地材料費の足しになるほどになりました。



こんなものがミャンマーの生活に役に立つのかなぁ・・・、と疑問に思うようなものもありますが、好奇心をそそるのか、昔ながらの日本製品(または日本からのもの=品質が良く長持ち)のイメージがあるのか、持って行ったものはマーケット数回のうちにとりあえず完売です。


なにより一番感心したのが「シャンプーハット」。
ミャンマーで水浴び(シャワーやお風呂は金持ちだけ)とくれば、川や井戸、水を貯めた水槽で、体に布きれ1枚巻いて、頭からジャブジャブやっている姿を思い出すし、清潔好きなミャンマー人が髪の毛を洗わずに寝ることがあるんだろうか、と最初は思いました。

雨季になると売れるんだそうです。←の写真はちょっと怪しげな雰囲気ですが、小雨の中外で作業したい時かぶるんですって。な~るほどねぇ…。

コースターって何?

㈱M社さまのご協力を頂けることになったきっかけは、コースター。会社のノベルティーに使うから何か作ってくれ、とご依頼を頂いた。
やったー!お仕事だよ~!っと縫製チームと歓声をあげたのは記憶に新しい。

しかし何よりも自分をうならせたのは、ご依頼頂いた「コースター」をメンバーに伝えた時だった。ああそうか、コースターとは何ぞや、というところから伝えなきゃいけなかった。喫茶店で見たことはある。確かに自分もミャンマーの料理屋で見たことはあるが、紙製のビール宣伝のためのもの、ぐらいかな。

ホテルのレストランではランチョンマットなら見たことありますけれど、コースターは酒も飲まないし、わざわざ店で、自分で袋を開けて湯に溶かすコーヒーミックスを頼んで飲もうとも思わないので、見たことないかなぁ。

説明をすると、「ああ、あれね~」とメンバーはうなづいていたけれど、ちょっと自分のイメージするものを作ってごらんなさいよ、とテストしてみた。

・・・・・・・・・・・・。
はい、まあ、こんな感じ・・・かな。
どんなものかは理解している者から、花瓶敷きともしかしたら間違えているかも、と思うサイズのものまでいろいろで。

1000枚を仕上げなければいけなかったので、効率よくそこそこに見えるものを考えて何とか決定したのはこちら。


ふーっつ。












簡単そうにみえて、細かい仕事、正確な仕事が求められる。柄の縫いわせ、縫って裏に返す作業も結構手間がかかり、きれいにアイロン掛けして端ミシン。2枚1組ということもあり、大きさをきれいにそろえて仕上げることをビシビシと。
1000枚セットで訓練させて頂いたかいあって、なんとかここまでできるようになる。

あーよかった、ちゃんとコースターになって。

自画自賛~自業自得

縫製プロジェクトの強い見方は、日本の協力NPO(2団体)。いわゆるスポンサー、ドナー、支援者である。10数年かけても、縫製プロジェクトだけにかかりきりにはなれない。他にも応援しなければいけない孤児院、村、プロジェクトも地道ながらも毎年継続して行われる。

その中で、現地の人たちと関わり、大事に育てる信頼関係や一人一人の成長に関心を持ちながらできることを全てやるのが自分の個人的なポリシーなので、縫製の方も、年に数回まとめて教える、チェックする・・・というペースでやってきた。

2012年からカンボジアに日本⇔アジアの活動拠点ができたため、縫製プロジェクトも半分をカンボジアに引っ越しさせ、そこでは縫製プロジェクトも通年継続して訓練できることになった。とはいえ、そこでも自分はずっと一緒にはいられない。自分は相変わらず日本とあちこちをウロウロ巡回しながら、頼まれもしない仕事に勤しんでいる。
















従って、協力NPOの協力は不可欠。縫製プロジェクトメンバーの様子や作品を日本の皆さんに紹介してくれたり、材料費や機材、ミャンマー人の滞在費の資金提供をしてもらったり。そうする中、これらNPO団体のみならず、企業からも応援を頂くことにもなってきた。

自分の「あちこちウロウロ戦術」がちょっとでも役に立っているんじゃないかと自画自賛。しかし、お仕事を受けてきては、採寸からパターンから、縫いも仕上げも納品チェックも。。。まだまだ全てにおいて未熟なため、徹夜してでも自分がやらねばならず自業自得。

それでも!こんな状況をご理解頂いたうえで、お仕事をさせて頂けることは、縫製プロジェクトにとっては奇跡ともいえる。

こんな我々に、全国に販路を持つ企業さんからのご依頼とは、はなはだハードルが高い。有難いけれど辞退かな、と思っていた矢先に、縫製プロジェクトのミャンマー人リーダーから、
「できません、は言いたくありません。チャンスはもらったらやってみたいです。会社にダメと言われてもいいから、サンプルだけでも自分達で作ってみたいですが、いいですか?」、
と、昭和時代のビジネスマンのような言葉を聞いて、(やってきてよかったな~)ウルウル感動。
・・・したのもつかの間。
徹夜でパターンを何度も作り直し。・・・やはり、こういう事か。
あぁ、そっか、リーダーは、「できません、は言ってほしくありません」、って言ったんだろうなぁ~っと悟った。

けなげに働く Made in Japan 中古ミシン

我々のミシンは全てMade in Japan♪
近頃は、通販する際、検索に必ず「Made in Japan」か、「日本製」を入れて、探したい製品名を入力する。それを求めているからでもあるが、検索に入力される言語の一つも社会現象の一つになる、と思い数年前から一人キャンペーンを行っている。

決して○○製品不買運動、というつもりはない。ただ、日本製品買運動であーる。東南アジアでミャンマー人はじめ、海外メンバーと関わり、日本語を教え、日本/日本製品の素晴らしさをさりげな~く自慢している自分としては、やはりこだわりがある、というところを見せなきゃ。


















実際、ミャンマーでもカンボジアでも、日本製の特に機械類は古くても壊れずよく働く。縫製プロジェクトでもミシン、道具類、糸やジップなどの部品もできるだけ日本製を探す。部品は日本から持ってこなければ、なかなか現地で見つけることは難しい。

しかし、ミシン針は「Made in Japan」と、とりあえず"書かれている"ものしか見当たらない。本当に日本製かどうかは100%保障できないけれど、ミシンがほとんど中古の日本製なので、それにぴったり合うのは日本製ミシン針かもしれない。

中古ミシン屋に行くと、ミシンのボディには、年季の入った会社名がペンキで入れられている。観慈の社名から中国ないし、中国系の会社で使われていたとみられる日本製工業ミシンが多くみられる。購入すると、ミシン屋が鼻歌交じりにシンナーで社名をふき取ってくれる。

「これはとれるけど、日本の会社名は取れないから大丈夫!」と、意味不明のセールストークで楽しませてくれる。調子がよさそうと思って仕入れ、使い始めると、ありゃ?糸立がないや、針の取り付け金具がサイズあってないみたい、抑え金がなかったぞ、ということが発覚する。

ここのミシン屋のおじちゃんができることぐらい、我もできるわい!と、見栄を張って、壊れたミシンから部品を代用したり、ある備品は安全ピンを使って作ったり。それでなかなかちゃんと機能しているので、「どうだ!」と自己満足していたけれど、、、

更に上手がいた・・・!ミャンマー人のミャンモーさんは、足踏みミシンのベルトを手作りしている!通常は皮製で店で買ってくるもの。車輪部分に直径5mmほどの丸い皮の紐を張って足ペダルとミシンを接続しているもの。それを、布ときんちゃく用に使っている紐で作っている。店の皮ひもは1か月に1本摩耗してちぎれてしまうけれど、手作りは長持ちするし切れたらいつでも自分で作れる、ということ。けなげに働くのは、Made in Japanの年代物中古ミシンと、年代物日本人(中古美品)だけではなく、ミャンマー人もなかなかやってくれるのであった。

"足踏みロック"を見たか?

足踏み"ロック"に衝撃を受けたのは6-7年前のことだったかな…。器用に足をパタパタ忙しく踏み込みながら(立って)、3本糸のロックをかける様子は、心なしか誇らしげで。

それは念願のロックミシンを手に入れた時の事。ミャンマーでは「ロック屋さん」というものが存在し、家や店で手作りする際に必要なロック(縫い代始末のミシン)を、機械を持っている人のところへ行き、お金を払って縫い代始末を仕上げてもらう。

・・・という話を聞き、奮発してロックミシンを買ってもらうことになった。(某NPO団体)ミシン屋に行くと当時の選択肢としては、中古の日本製ベビーロック3本糸か、インド製の新品3本ロック、中国製新品の3本ロックの3種類だったと記憶している。

ここは迷わず日本製!といきたかったのだけれども、「停電」が日常で、というよりも「通電?」がありがたく、毎日3時間程度が普通、半日つけば歓声をあげる、という状況だったため、電化製品はあっても絵に描いた餅状態なので、却下。若干高いのだけれど、彼女たちもなじみがあるというインド製に。

そして今は、カンボジアに拠点が出来、4本ロックの新品ロック(もちろん!電気製品)があります。日本から持ち込んだため、変圧器を通さなければいけないし、電気があることはありがたいけれど、電気代はものすごく高いのでヒーヒー言わなきゃいけない。

今となっては、足踏みロックはなかなかナイスなマシンであると思われる。もちろん仕上がり具合は3本と4本ロックでは運伝の差があるので、4本ロックの足踏みがあればいいかなぁ・・・。




巧みな"大体"

ミャンマー人といったら、情報や物がなくても、器用だったり、賢かったりすることから、洋服作りも「大体」でなんとなく作ってしまう。

パターンの存在を伝え、その通りに作ることを何度教えても、きよぅ~に、だいた~ぃにやってしまう。みんな、家に持ち帰って作るので、各々にパターンをコピーして持ち帰って作品を作ってくる。

















あれ~なんかサイズがいろいろ違っておかしいなぁ、と思って「全員、自分のパターンもって集合!」とやると、ありゃりゃ、なんじゃこりゃ?というパターンに変身している。

伝達ゲームならぬ、パターン写しを次々やっているうちに何センチも変わっていたり、変形してしまっている。しかし、サイズは異なれど、なんとなく同じような形になっているのがすごいところ。

更にすごいのは、パターンを見ると長さが全く違うのに、出来上がりはちゃーんと合っているところ。彼女たちらしいところを自然にそのままにしておきたい気持ち半分、いやいや、関心していては訓練になりませんから!と、ビシビシやるしかない。